school/スクール

ティムコスクール体験記

(自称)上級フライフィッシャーの皆様へ
「ティムコフライフィッシングスクールを経験したもんで。」尾崎 博

つりのスクール?なんて、と思っていました。
そんな私が何度もお世話になった理由をここに明かします。

<経験前>

 当初、私はテンカラ釣り(ドライフライを使ったもの)をやっていました。勝負が早く、日本の渓流にはテンカラだぜ!とばかりに渓流でブイブイいわせていたものです。でも、もともと川魚を食べることが好きでなかった私は、釣った瞬間、魚がすっ飛んで手元に来るのではなく、うねうねとした抵抗を感じることができる、ということからフライフィッシングをはじめました。
 魚のポイントは経験的にわかっていたようなので、ポツリポツリと魚を釣ることはできていました。ただテンカラ竿のように竿を立てて流れをまたぎながらフライを流していたため、竿はどんどん長くなり、9フィートの3番(思いっきりティップアクション)を、また、かじり読んだ雑誌にはリーダー、ティペットは長い方がいい、と書いてあったことから、やたらと長いリーダー&ティペットを使う、というバランスなどを完全に無視したスタイルで地元の川に立っていたのです。
 竿は当然テンカラのそれに比べて短いので、この釣りはやたらと腕が疲れるものだな、と感じていたものです。フライなんてこんなもんだね、と自分の中では自身を上級フライフィッシャーに格付けしておりました。

<田代法之という人>

 アダムスしか使ってなかった私でしたが、やはり1個300円するフライを失うのは忍びない、ということからフライを巻き始めることとなったのです。フライパターンブックなどを参考にしながらフライを巻いていて、気になったことがありました。フライパターンの多くは、マテリアルとフライの特徴、または昆虫の一般名を混ぜて名前がついているのに対して、昆虫名そのものの名前がついているパターンがあったのです。つまりこのフライはウルマーシマトビケラ、シロハラコカゲロウ、などといいきっているのです。タイヤーの欄には田代法之という名前。また、トビケラのパターンにはアンテナなんてついていて、他のパターンとは一線を画し、異彩を放っているような感じでした。
 それからこの名前が気になり、いろいろと調べたり、ちょうどNHKの北米釣り紀行を見たりして、田代兄弟という存在を知り、一度会ってみたいなあと思うようになりました。

<メンディングは糸を繰り出す!>

 自称上級フライフィッシャーだった当時、初心者、ビギナー、という言葉は自分向けではない、と感じていたようです。雑誌で目にしたスクールの広告の、「ステップアップ」、「エキスパート」、「田代法之」、というキーワードが私を捉えました。それが「ティムコ・ブッシュマスタースクール」の参加者募集の告知でした。
 持っている竿の中で一番短かった竿がはやりの8フィート3インチ。それを持って参加したこのブッシュマスタースクールでは、数々の衝撃が待っていました。
 「かははははっ。」と豪快に笑う講師の田代さんから繰り出される幅の狭いループ、トリックキャストの数々。フライラインが生き物のように自在に曲がります。「なんじゃぃこりゃあ」、とマカロニ刑事が叫んだ気持ちがよくわかったような感じでした。
 自分はキャスティングもそこそこできる、と自負していたけれども、ガラガラとその自信が音を立てて崩れていきました。自分ではタイトループだと思っていたループは一般にはワイドループに属するものだったこと、フルラインなんてのはでっかい番手でできるものだと思っていたのに、できる人には低番手でもできる、ということ、などなど。・・・まいりました。
 実釣のデモの場面ではさらに、とんでもないできごとがっ!

 キャストの後、しきりと細かいライン操作が入るのです。まるで新体操のリボンのように。竿は川に平行に持たれています。曲げられたラインが着水後、水面でダンスをしています。でも、フライは静かに、自然に、流れていくだけ・・・。
 上流にフライを打って、竿を持った腕を天に突き出し、流れてくるラインを手繰り寄せるだけの私の釣りは何だったのでしょうか。
 確かに私もクロスの場所を狙ったときには本に書いてあるようなラインを上流に戻すこと、つまりメンディングをしていました。でも、どうしてもフライが動いてしまうので、どんどんティペットを長くするようになっていました。
 そんな私のメンディングに関することで、この日の最大の衝撃、ヘレン・ケラーが「Water!!」と叫んだときのような、またはアルキメデスが「Eureka!」といったときのようにわかったことがありました。それは「メンディングではラインを繰り出す」、ということです。(こんなことも知らなかったんかい、と思われそうですが・・) テンカラ出身の私にはラインを出す、ということは頭の中に存在しなかったのです。縄跳びメンディングとでもいいましょうか、ただ単に流されるラインを上流に向かって戻していただけだったのです。とんだ上級フライフィッシャーでしたね。

<フライフィッシングの楽しさ>

 このブッシュマスタースクールを経験して、フライフィッシングに対する姿勢が大きく変わりました。フライフィッシングのこと、とりわけ田代フライの世界にもっともっと入ってみたいと興味が湧き、そのあと水生昆虫とフライフィッシングスクール、キャスティングスクールなどまるでストーカーのように参加をしました。以前は、ただの遊びにスクールなんて、とスクールの存在そのものに懐疑的だったものでしたが。
 ティムコのフライフィッシングスクールに入って、いちばん自分にとってプラスだったこと、それはフライフィッシングをいかに楽しむか、を知ることができたことだと思っています。つまり、この釣りが、魚をキャッチするまでに自分がどれくらい工夫をこらしたか、を楽しむものだ、ということがわかったことです。
 「魚を釣ることだけが目的ならば、えさを使えばいい。それを敢えてえさではないニセモノを使うということは、自分を不利な立場にすることである。ニセモノを本物に見せるために工夫し、それを楽しむことがフライフィッシングである。」
 いかに自分を不利にして、技術を磨き、工夫を凝らして狙った魚をキャッチする。そんな楽しみ方を田代さんから教えていただきました。より不利な状況とは、本流や湖などで敢えて短い竿を使ったり、ボートの上からではなく、動き、場所が制約をされるウェーディングを選んだり、ラインを空中に保つのではなく、水面に置き、流れを読んでメンディングを入れることであったり・・・。

 もう一つ、大きな財産ができました。それは仲間です。フライフィッシングは他人と競うものではありません。・・・わかってはいますが、やはり川では人に会いたくないものです。自分もそんな性格ですから、川で人と知り合う、なんて経験はありませんでした。でも、同じ目的を持った人たちが集まるのがスクールです。2日もいっしょに行動して、ましてはまた別の機会で会うことがあれば、親しくもなるでしょう。現在、北は北海道、南は九州まで(地域にかなりの偏りがありますが)友達、知り合いができました。仕事では決してできない、年齢、職業ばらばらの仲間たちです。スクールを通して知り合った仲間と、スクールを超えてフライフィッシングを楽しんでいます。

 単価が気になってはじめたフライタイイングも、自分が納得できるものを作るためにかわり、価格が重要だった道具も、こだわりの部分に観点が移り、給料の必要経費を抜いたすべてのものがフライフィッシングの費用となるなど、この世界にどっぷりとはまってしまった人間が出来上がってしまったのは、やはりティムコの戦略だったかも・・・。

 ま、それでも私はたいへんに幸せです。「年柄年中フライフィッシング」の人生を与えてくださって、ありがとうございました。これからも、よろしくどうぞ。