自然の循環の中で暮らすガイド 石田理一郎 / Foxfire

1年の約半分を凍てつく寒さと雪に閉ざされる北海道の道東。ここでは人の生活の中心に自然があり、巡る自然のリズムに寄り添って、循環の中で人々は暮らしている。北の自然と生きる「True to nature」な人たちをフィーチャーする本企画の第2回は、羅臼町在住の自然ガイドの石田理一郎さん。石田さんの案内で、知床連山を望める「ルサのっこし(乗越)」までの登山コースを歩きながら話を訊いた。

知床倶楽部ガイド 石田 理一郎

千葉県出身。20年以上前に羅臼に移り住み、知床半島最奥の住人として番屋に暮らしながらガイドサービス「知床倶楽部ガイド」を営む。ガイド歴は20年を超え、夏はシーカヤック登山、冬は山スキーにスノーシューなど、1年を通じて知床の遊び方を探求中。積雪期知床半島縦走、知床全65湖沼踏査済。知床ガイド協議会会員。羅臼山岳会事務局長。

アイヌの人たちが越えた峠

2月下旬のよく晴れた日の朝、石田理一郎さんと待ち合わせたのは羅臼の町中から半島の先へと16kmほど行ったルサ川の河口。ここは知床の豊かな生態系が凝縮された川なのだという。

「ダムのない自然河川は国内にはほとんどなく、鮭が俎上できる川というのは知床でも実は数えるほどしかありません。知床が世界遺産に登録されたのも、海と山を繋ぐこの自然河川の存在が要因として大きかったんです。知床の生態系の循環の要と言えるのがまさにこのルサだと思います。そしてこれから向かう『ルサのっこし』は、知床の厳しさを体現する場所でもあります」

まるで屏風を立てたように切り立った山が連なる知床半島において、最も低い鞍部になっている場所がルサのっこしなのだ。ここはかつてアイヌの人たちが羅臼と斜里を行き来するために使っていた交易路だったという。そして、山によって遮られた風が集まって一気に吹き出す風の通り道でもある。

スノーシューに履き替えてひとたび雪原に足を踏み入れると、雪煙を上げてだし風が吹き抜けていく。「これがルシャの風です」と石田さんが説明してくれる。アイヌの言葉では「ルシャ・モン」と呼ばれ、冬はシベリアから北風が、夏は羅臼側から南風といった具合に、ここでは一年中風が吹きやむことはない。ルシャ(ルサ)とは「ル・エ・シャニ(道が・そこから・浜へ出ていく・ところ)」が変化したものとされ、羅臼側にはルサ、斜里側にはルシャ湾をはじめとするルシャが付く地名がいくつもある。

「夏と冬ではルートが違っていて、今日は『マタ・ル』と呼ばれる冬の路を行きます。夏の路は『シャリ・ル』と言って、本来夏はアイヌ語で『サク』と言うのですが、そこから変化したようです。こうした地名やその由来は、幕末に蝦夷地を探検した松浦武四郎が描いた地図に載っています」

石田さんの説明に耳を傾けながら、川に沿って平坦な雪原を歩く。やわらかな朝の光が、木立の影を使って雪原に美しい縞模様を描いていた。

自然ガイドが抱えるジレンマ

「ご覧の通り、ここには巨木がほとんどありません。これだけ風が強いので樹木の生育が遅くなる。だから森としては結構貧相です。厳しい環境でも生きられる木しか育たないので、ミズナラや白樺、あとはナナカマドにカエデ、ホオノキといった数種類の木しかないんですよ」

知床連山は、日本で最も自然環境が厳しい「極地」なのだと石田さんは言う。その裏付けとしては、樹木の種類の少なさ以上に森林限界がここではわずか300mだということのほうがわかりやすいだろう。森林限界は北アルプスでは2500m前後、北海道でもおよそ1000mあるのだから。そんな日本の極地を歩くのが、石田さんの冬の日課なのだという。

「私の場合、毎日雪山に行きたいがために夏に頑張って働いているようなものなので。そしてこのルサのっこしのことを、自分のホームページなどでかれこれ20年宣伝してきたんですよ。とてもいいところだからみんなをここに連れてきたいなと思って。でもいつかここが人でごった返したら嫌だな、そんなジレンマを抱えながらガイドとしての活動をしてきたんですが、今まで誰ともここで会ったことがないんですよね。だから冬は滅多に仕事が入らない(笑)。でもずっと自分の好きな静かな山を楽しめているのだから、それはそれでよかったのかもしれません」

石田さんはそう言って愉快そうに笑う。せいぜい冬に登山者が来るのは斜里岳までで、さらに奥地にあって厳しい気象条件に晒される知床連山まで足を伸ばす人は滅多にいないのだと石田さん。ただ、ツアーの需要がないというわけではない。インバウンドや団体向けツアーの依頼があっても断り続けているのだという。

「普段私は、お客さんに何か伝えたいメッセージがあるようなガイドではないのですが、観光サービス業の端くれとしてオーバーユースのところにはお客さんを連れて行かないということだけは唯一守っています。このルサのっこしも、少人数なら連れてきてもほとんど生態系に影響を与えないと思うんですよ」

そもそも大人数のガイドツアーは正直好きではないのだという。それに、ここは誰でも連れてこられるような場所ではないですからと石田さんは付け加えた。雪の斜面に刻まれたシュカブラ(風雪紋)が、確かにこの場所の厳しさを物語っていた。

知床半島最奥の案内人として

3時間かけてようやくルサのっこしにたどり着くと、風は一際強くなった。ここが天候の境目だと言わんばかりに稜線の向こうには曇天の空が広がり、その下には流氷の押し寄せるオホーツク海が見えた。後ろを振り返れば、午後の光を受けてきらきらと輝く根室海峡と、その向こうにはまるで大陸を思わせる雄大な国後島の姿が見えて、時間を忘れてしばし見入ってしまった。

石田さんがなぜこの場所、この登山コースに惹かれているのかがよくわかった気がする。しかし、いつかここに人が押し寄せるようになってしまったらどうするのだろうと問いかけてみると、「また人のいないところへ逃げるだけです」と、石田さんは飄々としていた。そんな石田さんのことを、パートナーの稲葉可奈さんは「高山植物みたいな人」だと形容する。人のいるところを避けて避けて、最終的にこれ以上先には誰も住んでいない知床半島の先端部にまで移り住んでしまった石田さんが、過酷な高山帯でしか生育できない高山植物と重なって見えるのだという。

羅臼に移り住むまではまったく山にも登ったことがなかったという石田さんは、冬山に登ってみたい一心で山岳会の門を叩き、山岳ガイドをしていた会長のお手伝いをしているうちに、気づけば自分もガイドが生業になっていた。ガイドだからといって人に何かを教えたり学んでもらおうなんておこがましいと話す石田さんだったが、ガイドとしての理想像はあるのだという。それはネパールの山岳民族のシェルパだという。

「各国の選りすぐりの登山家たちをサポートするシェルパのように、冒険を求めてこの地にやってきた実力者たちを案内できる人でありたいですね。だから目指すは知床のシェルパです。そういった意味では、ここに住んでいるということが私の役割になっているのかもしれません。でも正直わかりません。この知床の自然や生態系の循環に対しては何も返せていませんし、自分の生活においても自然からいつももらってばかりですから」

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