自然の循環を見つめる人 國分知貴

  • 自然の循環を見つめる人

北海道の中でも国立公園を一番多く有し、ここでしか見られない神秘的な景観が広がる道東。ここでは人の生活の中心に自然があり、巡る自然のリズムに寄り添って、循環の中で人々は暮らしている。北の自然と生きる「True to nature」な人たちをフィーチャーする本企画、3人目は阿寒摩周国立公園を拠点にアウトドアガイド兼フォトグラファーとして地域に根ざした活動をしている國分知貴さん。この地に移り住んで8年、スノーボードとカヌーを通じて道東の自然と触れ合ってきた國分さんの目に映る、変わりゆく自然の循環の姿とは。

國分 知貴

アウトドアガイド/フォトグラファー

國分 知貴TOMOKI KOKUBUN

1986年北海道中標津町生まれ。 札幌、ニセコエリアで料理人、ラフティングガイドを経て2016年に中標津町へUターン。2018年より弟子屈町の屈斜路湖近くに暮らし、アウトドアガイドや写真家として自然の魅力を広く伝える。2025年、パキスタン・カラコラム地方でのスキー&スノーボード遠征を記録した写真集『ALIVE』を刊行。

水の循環を追体験できる場所

シュマリ

待ち合わせの日の朝、屈斜路湖畔に立つ一軒のログハウスを訪ねると、中から黒い毛並みの犬が尻尾を振りながら勢いよく飛び出してきた。國分さんは8年ほど前に中古で購入したこのログハウスの大半をセルフリノベーションし、今は妻と甲斐犬のカイと一緒に暮らしていた。挨拶もそこそこに、この日見て回る予定のロケーションと大まかなプランについて話し合うと、「まずは起点となる屈斜路湖を見に行きましょう」と促され、外に出た。林を抜けて湖面に出ると、中心に向かって厚い氷が少しずつ張り始めていた。
 
屈斜路湖は外輪山に囲まれた日本最大のカルデラ湖で、全面結氷する湖としては国内最大級と言われている。-20℃以下に冷え込む日が続くと湖は全面結氷し、寒暖差によって全長10kmにわたって氷がせりあがる「御神渡り」という自然現象が見られることもあるのだという。しかし、もう2月中旬になるというのに湖面すべてが凍るにはまだほど遠い状態だった。

「あの一番高い山がこれから行く藻琴山で、標高はぴったり1000mです」と國分さんがストックで指し示す方を見ると、対岸には朝日を浴びて白く輝くなだらかな稜線の山が見えた。

「湖面は120mしか標高がないので、ここから見るとそれなりの高さの山に見えますが、反対側の美幌や網走側から見ると小高い丘にしか見えません。稜線まで上がればカルデラを一望できるだけでなく、目の前には斜里岳、奥には知床連山やオホーツク海まで見渡せます。いろんな斜面を滑れますし、冬でも駐車場から1時間ほどで稜線に上がれる気軽さから、道東のバックカントリーのメッカとされています」

シュマリ

藻琴山は國分さんにとってもホームマウンテン。お客さんを案内することもあれば愛犬のカイと一緒に滑りに行くこともしばしば。「屈斜路湖周辺の自然の魅力はこの山から教わったようなものなので、まるで先生みたいな山なんです」と、國分さんは穏やかな微笑みをたたえる。しかしその表情に翳りが見えた。

「去年も今年も雪がなかなか降らなくて、滑走可能日数が年々減っている現状があります。今シーズンもちゃんと滑れるようになったのはつい最近のことです。道東はただでさえ雪が少ない地域なんだから勘弁してほしいですね」

やれやれと言わんばかりにため息をつくと、雪の減少が他に及ぼす影響についても話を聞かせてくれた。

「僕らカヌーのガイドがひしひしと感じているのは湖の水量が減っていることです。20年前の映像や写真を見ると明らかに水位が下がっている。そして屈斜路湖は釧路川の源流ですから、今度は川の水位にも影響してきます。湖には外輪山から約30もの川が注ぎ込んでいて、出ていくのは釧路川の1本だけなので、春は雪解けで川の水量が最も多くなるはずなのですが、近年は春先から既に川の水位が低い。それに全面結氷しない年も増えていて、これらのことが道東の生態系に今後どう影響を及ぼしていくのか……」

ボート

国立公園の中に暮らし、湖と山と川を毎日見つめながらその緩やかな変化を感じとってきたからこそ、ここ数年の異常気象には戸惑いを隠せない様子だった。しかし、ただ現状を嘆いていても仕方がないとばかりに、國分さんはそのような問題意識を積極的に共有し、ガイド業を通じて多くの人が自然の循環に対する理解を深められるよう働きかけている。なかでも國分さんが自信を持って薦めたいと話すのが、釧路川カヌー下りだ。

「屈斜路湖から釧路湿原・太平洋に至る全長約100kmを4日ほどかけて下るのですが、本当に楽しいですよ。川の始まりから終わりまで、山に降った雨がたどる行程を感じながら旅ができますからね」

 

道東の自然と共に生きていく

國分 知貴

國分さんが屈斜路湖畔に移り住んだのは9年前。札幌の調理専門学校で料理を学び、20代半ばまではフレンチの料理人として多忙な毎日を過ごしていた國分さんは、自然に即した生き方を求めてニセコでラフティングガイドの仕事に就く。その後、30歳を前に家庭の事情で一旦故郷の中標津町に戻ってくると、ガイドの経験が活かせるという理由からカヌーガイドの会社で働くことに。このときまでカナディアンカヌー未経験だったという國分さんが、自然との一体感を得られるこの新しい乗り物にのめり込むまで、そう時間はかからなかった。
 
そろそろ日本を出て海外の雄大な自然の中を旅してみたい。10代の頃に思い描いていた夢を叶えるべく、その資金集めのために再びガイド業を始めてみたものの、次第に國分さんの中に新たな欲求が芽生えていく。それは道東の自然を、この土地のことをもっと深く知っていきたいというシンプルかつ堅牢な思いだった。意思が固まると、人生は予期せぬ方向へとトントン拍子に進んでいく。偶然にもいい立地にログハウスが見つかると、海外渡航のために貯めていたお金を購入費に充てることができた。それから間もなくしてパンデミックが起こると、國分さんの意識は益々道東のフィールドへと向かっていく。フォトグラファーとしてのキャリアをスタートしたのもこの頃だった。

「ただ天気がよかったり夕日が綺麗なだけで満ち足りた気持ちになるんですよね。いつしかここで暮らすこと自体が大きな楽しみになっていて、それまで旅をすることで埋めていた欲求が自然と満たされているんです。そして、この場所で暮らしと向き合うことは自然を深く見つめることにも繋がります。ここに暮らしていなかったら、今みたいに写真を撮っていなかったかもしれません」

國分 知貴

國分さんにとって撮るという行為はどんな意味を持つのか尋ねてみると、記録であり記憶なのだという。では、思わずシャッターを切りたくなるような光景とはどのようなものなのだろうか。

「夕暮れどきの屈斜路湖で、学校帰りの子どもたちが凍結した湖の上でスケートをして遊んでいたんです。夕日が沈んでいく感じと相まって、自然の中で暮らすってこういうことだよなって感動しながらシャッターを切った覚えがあります。あとは、春の雪解けの時期になると湖面を漂う氷がぶつかってカランカランと音を立てるのですが、地元の人たちは毎年その音を聞きに湖畔にやってくるんですよね。そういう光景って、ここに暮らしているからこそ見られるものだったりします」

背景
Photograph by Tomoki Kokubun

嬉々として話してくれたのは、雄大な自然の中で暮らす人々の姿だった。ここ道東は毎年全国から多くの人が写真を撮りに訪れる場所だが、その大半が自然や野生動物目当てだったりする。しかし國分さんが見たいのは暮らしている人目線の道東の姿、言うなればふるさとの風景だった。

「実は今、ここに住んでから撮り溜めていたそういった光景を写真集にまとめているところです。普段ガイドをする中で、お客さんに伝えたい道東の魅力って沢山あるのですが、うまく言語化できない感覚的な部分も多くて。でも写真集という形なら、言葉ではうまく伝わらないことも伝えられるかもしれません。ガイドの仕事も写真の仕事も、どちらも伝えるためにやっているという点では共通していますから」

 

自然との接点を生み出す仕事

國分 知貴

ひと口にアウトドアガイドと言っても、どんな人を対象にしているのか、そしてどんなことを伝えたいのかは十人十色。國分さんの場合はどうなのだろう。そんな問いかけに対して、釣りにのめりこんでいた小学生の頃の話を聞かせてくれた。
 
「僕は釣り小僧だったのですが、その原体験を持っていることがどれだけ大事なことかと、今になって特に思うんです。釣りは遊びだけど、1本の糸で自然界の生き物とダイレクトに繋がる行為でもあります。初めて大物がかかったときのあのグンっていう衝撃と手に残る感触というのは、今でも鮮明に覚えてますからね。釣りに限らずですが、自然との接点を持つ人がもっと増えたら、この社会はもう少し良くなっていくのかもしれない、そんなことを漠然と考えています。僕がこんなことを言うのもおこがましいですが(笑)」

「どんなに「自然を守ろう!」と声高にアクションを呼びかけたところで、そこにリアリティが感じられなければ人の心を動かすのは難しい。自然の中で過ごしてきたかけがえのない個の体験を伴って初めて言葉や行動に重みが生まれるのではと國分さんは持論を述べつつ、「自分もそうですが、今は簡単に情報が手に入ってしまうが故に、実体験のないままに“誰かの経験やその答え”を鵜呑みにして、ついわかった“つもり”になってしまう」とネット社会の弊害を懸念する。

國分 知貴

「ガイドという仕事にもこれは当てはまると思っています。例えば、地域の生態系や地形の成り立ちのような既存の観光情報というのは、今の時代すぐに情報にアクセスできます。要するにガイドの役割として大切なのは知識だけではなく、フィールドを共に遊び、新たな発見をしたり、感動したり、そのきっかけをどれだけ作れるかということ。それが僕が学んできたガイドの役割であり、心がけていることです。そしてそれは自分自身の遊びの経験値があってこそできることだと思っていて、だから自分も興味関心を突き詰め、遊びを探求することは僕にとって重要なことなんです。好きなことをただやり続けたい理由づけかもしれませんが(笑)」

國分さんは少し冗談めかして話すが、言葉の端々から「この地で生きていこう」というガイドとしての矜持が感じられた。

國分 知貴

この取材からおよそ1カ月後、國分さんはパキスタン北部のカラコラム山脈へと旅に出た。ビッグマウンテンスキーヤーの佐々木大輔さんが隊長を務める注目のスキー&スノーボード遠征に、撮影担当として抜擢されたのだ。氷河の上を延々と移動しながら6000m前後のまだ見ぬ山々の斜面を滑るという39日間に及ぶこの遠征を機に脚光を浴び、國分さんの道東での活動がメディアに取り上げられることも増えた。そして遠征から帰国して半月後には待望の第一子が誕生し、國分さんは父となった。

同年秋にはこの遠征の報告会に合わせて自身初の写真集『ALIVE』を発表するなど、あらゆる歯車がかみ合うように取り巻く景色が一変していく。フォトグラファーとしてもアウトドアガイドとしても、日増しにその存在感を強めている國分さんはもはや、この地に魅せられてやってきた観察者ではなかった。より明確な使命を自らに課し、家族3人と1匹を支える一家の主として、道東の地に深く深く根を張ろうとしているローカルヒーローの姿がそこにはあった。

國分 知貴
 

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